自らの言葉で自己を表現するTumblrは少なく、多くのアカウントが他所からの引用でその有様を表現しています
Blogからの切り貼りや誰かが引用したpostのreblogや
そういったpostが黙々と積み重なり全体としてアカウントの存在価値を形成しています
しかし、postにコメントが添えられることは少なく果たしてそのentryがどういった意味でpostされたのかreblogされたのか
同意なのか、共感なのか、はたまた嘲りなのか判然としません
これは受け手側からするとなかなか厄介な話で、アカウントが一体全体何を考えてentryを重ねているのか推測に頼らざるを得ないわけです
情報の妥当性の検証もなく脊髄反射されたpostがreblogに次ぐreblogを呼び収拾が付かなくなる、なんてことはよくある話です
これがblogなどの場合は、blog主の明確なミスとして突っ込みがいれられ、まぁ赤っ恥的な事態で「顔真っ赤だぞ、涙吹けよ」的なオチで収まるわけですが
ことtumblrではそもそもアカウントがreblogした趣旨が全く明確でないわけで、つまり責任を何ら負うことから解放されています
アカウント主が釣られてreblogしたとしても、それは晒し上げなんだよね、的な後だしジャンケンがまかり通ってしまうわけです
故にtumblrのアカウント主は表現の責任を負うことなくもうやりたい放題というかreblogしたい放題
これは自己表現の場といて信頼性は皆無といっていいでしょう
そういった意味でtumblrは責任を負わことなく表現する何とも都合の良いプラットフォーム足り得ますが、信頼性が欠如するが故に本当に価値のある表現の場となることは難しいかなとも思えるわけです
やはり表現に価値を持たせるか否かは表現者の有様に負うところが全てな訳ですから、アカウント主は少なくとも自己のtumblrの正当価値を主張するのであれば信頼に値する情報の積み重ねに尽力すべきだと思います
他人の行動を正論で制限しようとする全ての主張をゴミ箱に。俺にとって価値のある表現は「やりたい放題」のアナーキーサービスから生まれる。人間の本気を見せるんだ。「モテたい・頭が良く見られたい」なんてイラね。
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Tumblrは無責任な自己表現のプラットフォームになり得る
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