例えば、『となりのトトロ』 を作った時、「人間と自然を描いたテーマ性がすばらしい」とか、いろんな方から高い評価をいただきました。しかし、「僕らが作っている時に、果たしてそれ を考えていたか?」なんです。確かに「本来、子どもは自然の中で遊んだ方がいい」とか「トトロは森の精だ」とかは考えましたよ。でも、そのことを高らかに うたおうとか、そういうことは考えませんでしたね。
どんなことを考えて作っていたかというと、非常に具体的なんです。トトロというお腹が 大きいキャラクターが出てくるのですが、そのお腹は押したらへっこむかなんです。トトロのお腹を押したらへこむって大変なんです、実は。メイちゃん(主人 公姉妹の妹)がほこらに行って、トトロのお腹で跳ねるのですが、これを描けるアニメーターは世界広しといえど、ほとんどいない。これが宮崎駿の魅力なんで す。『となりのトトロ』の絵コンテは宮崎駿が描いたのですが、ほかの監督に「同じもの描いて」と言っても、たぶんできないと思うんですよね。
トトロは線で描いてみると分かるのですが、非常に単純ですよね。その単純な絵で、お腹を押したらへっこみそうというように描くのは本当に難しい。そういう シーンをどれだけ設定できるかが大事なんです。高畑勲や宮崎駿の何が優れているかというと官能性なんです。理屈じゃない。触った感触が伝わってくるように 描けるかどうかがアニメーターにとって重要なんです。
細かく描ければいいというものではないんです。みんな細かく描いているだけで、肝心 の官能性がないんです。トトロなんて全然細かい絵ではないのですが、単純な線で、(動画の)枚数も少なくして、お腹を押したらへっこみそうという表現を やってのけている。それが何かといったら才能なんです。
そういうことを宮崎駿は日々研究してきたんですよね。細かく描いたら、お腹は押し てもへっこみません。だから、本当に優れたものは大雑把に描いてあるんです。いかに少ない線である感じを出せるか、ここがポイントですよね。枚数を使った り、細かく描いたりすればいいというものではなくて、細かくやればやるほど逆の効果が出るんです。それができる人はほとんどいません。
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