マッコウクジラの和名である”抹香鯨”は龍涎香から、英名のsperm whaleはその脳油が精液に似ていることから命名されたことが分かった。そしてその命名はそれぞれの文化的背景に根ざしており、欧米人は単にマッコウクジラを”油のタンク”としてしか見ていなかったことが、この鯨にsperm whaleと名付ける要因となったことも分かった。
最後にC.W. ニコルの勇魚(いさな)から、日本人とアメリカ人がマッコウクジラの呼び名について意志の疎通を図ろうとしているところを引用して、この稿の終わりとしたい。
岩太郎が鯨をゆびさした。
「く・じ・ら」と彼はいった。「ま・つ・こ・う・く・じ・ら」
トーヴィーがのみ込んだ。彼は英語でこたえた。
「スパーム・ホエール」
岩太郎は最初の単語でつかえた。オハラの耳には日本語が、<マッカレル>のように聞こえた。
「こんなでかい、鯖(マッカレル)がいてたまるかい」オハラは首をふりながらいった。
「スパーム」トーヴィがゆっくりくりかえした。
「すー・・・・・・ぱー・・・・・・むー」岩太郎がまねた。
「そう、スパーム(原義は「精液」)だ。ポルトガルの手押しドリルだよ、マスかきだよ。」トーヴィは笑いながら卑猥な仕種をして見せてから、鯨の頭部をゆびさした。
太地の男たちはきょとんとしていたが、甚助が急に噴きだした。
「わかった、わかった!こいつらはマッコウを呼ぶのに、淫水いう言葉を使(つこ)とるんじゃ。ほら、頭油を汲みだすと、ちょうどあれみたいに白うなって出てくるやろ。
みんなわからんか。冗談や、冗談。鯨取りの冗談」
やっとほかの男たちも、まるでそれ以上おかしい話を聞いたことがないみたいに、腹をかかえて笑いだした。トーヴィがオハラに目をやると、オハラは白い歯を見せて肩をすくめた。「なるほど、考えてみりゃおかしな名前だな」(19)
”- sperm